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広島地方裁判所 平成4年(ワ)857号 判決 1993年5月28日

原告

長谷川照子

被告

印刷のアンクルこと

久保田純男

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金九〇万四〇〇〇円及びこれに対する平成四年五月二九日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  第一項についての仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、平成四年四月一三日、原告より、原告自作の俳句集一〇〇冊(以下「本件目的物」という。)の印刷製本を、代金額は被告の請求どおりとするとの約定で請け負った(以下「本件請負契約」という。)。

2  原告は、平成四年五月二九日、被告から本件目的物の引渡を受けるのと引換えに、被告に対し、被告の請求通りの代金九〇万四〇〇〇円を支払った。

3(一)  本件目的物には、本を一冊づつ入れる箱が変形したり、印刷位置がずれたり、シミや汚れがあったり、裁断や綴じ方が悪かったりする等の瑕疵があり、新刊本の体裁をもつものは一冊もない不良品であった。また、注文の際は、画家の描いた絵をイラストに使用することとなっていたのに、完成品には既成のカット集から転載されたものが印刷されていた。

(二)  原告は、平成四年六月一日ころ、被告に対して本件目的物を修補するよう請求した。被告は早期に修補することを約束し、後日原告が納品日を照会したのに対して同年六月一七日までには届けると答えたが、同月一七日になって一方的な納期の延期を申し入れてきたので、原告は、これ以上待てないと考え、同月二三日までに完成品を届けなければ引き取らないことを被告に告げた。しかるに、右同日被告の持参したものは完成品ではなかった。

(三)  したがって、本件請負契約の目的を達成することは不可能というべきである。

(四)  原告は、平成四年六月二六日付けの内容証明郵便で、被告との請負契約を解除する意思表示を行い、同郵便は同月二七日に被告に到達した。

4  よって、原告は被告に対し、本件請負契約の解除による原状回復請求権に基づいて、支払ずみの請負代金九〇万四〇〇〇円の返還及び右金員の受領日である平成四年五月二九日より右返還済みまで右金員に対する民法所定の年五分の割合の利息の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2は認める。

2(一)  同3(一)のうち、原告が引き渡した本件目的物に原告主張の瑕疵が多少存在したことは認めるが、新刊本の体裁をもつものは一冊もない不良品であったことは否認する。

(二)  同3(二)のうち、原告が本件目的物の修補を請求したこと、被告が六月一七日に納品の延期を申し入れたこと、それに対し原告が六月二三日までに届けなければ引き取らないと通告したこと、原告に持参したものが完成品でなかったことは認めるが、その余は否認する。

(三)  同3(三)は否認する。

(四)  同3(四)は認める。

三  抗弁

1  被告は、本件目的物の修補を行っている間、原告から、使用するイラストの変更や、箱の変更の指示を受けたため、未完成のままの持参を余儀無くされたのであり、修補が遅れた原因は原告にある。

2  被告は、平成四年六月一二日、原告との間で、本件目的物に使用するイラストを原告が画家に依頼した物に差し換えることとし、右同日、原告の請求により、右イラスト代として二万円を支払ったので、その分を減額すべきである。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1のうち、原告が使用するイラストの変更の指示をしたことは認める。これは被告が注文と異なり、イラストとして、既成のカット集から転載したものを印刷したので、当初の注文に沿うように指示したものに過ぎない。その余は否認する。

2  同2のうち、イラスト代として二万円を受領したことは認めるが、その余は否認する。画家にイラストを依頼するのは当初の注文どおりであり、支払ずみの請負代金に含まれているものであって、原告がそれを立替払したに過ぎない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(本件請負契約の成立)、同2(代金の支払い)は当事者間に争いがない。

二そこで、本件請負契約の解除原因の存否(請求原因3及び抗弁1)について検討する。

1  当初引き渡した本件目的物に瑕疵が存在したこと、それに対して原告が瑕疵の修補を請求したこと、被告は六月一七日に右修補にかかる納品の延期を申し入れたが、それに対し原告が六月二三日までに届けなければ引き取らないと通告したこと、被告が持参したものが完成品でなかったこと、原告がイラストの変更を指示したことは当事者間に争いがない。

2  <書証番号等略>によれば、以下の事実が認められる。

(一)  本件請負契約を締結するに当たり、原告は被告に対し、本件目的物である俳句集は古稀の記念として、自分の誕生日である平成四年五月二五日までに発行できるようにして欲しいと申し入れていた。そして、以前に発行したことのある俳句集を見本として交付し、それと同様に、箱入りのハードカバーにするよう注文し、また、イラストは画家に作成を依頼するよう指示した。原告は、右のほか特段の指図は行わなかった。

(二)  被告は、同月二八日に製本作業を終え、同月二九日に本件目的物を納品した。本件目的物は、納品時においては一冊を完成見本とし、その余は梱包されていたが、しばらくすると、右見本の表紙が波打つような状態になったため、原告はその旨を電話で被告に連絡した。

(三)  その後、原告は消費者センターに本件に関する相談を持ち込み、同センターからの照会を受けた被告は印刷製本のやり直しを行う旨の申し出をし、同年六月一日に既に納品した物件を原告から引き取った。その際、修補の期限をいつまでにするかについて原告から特段の指図はなかったが、被告は消費者センターからの照会に対しては三週間程度という見通しを伝えた。

(四)  その後、被告は同月九日に原告からイラストの差替えを行うとの指示を受け、同月一二日に原告のもとに原画を取りに行き、原告が画家に支払った料金二万円を原告に対して支払った。なお、イラストについては、画家の指摘によって、被告が既成のカット集から転載したものであることが判明したため、原告からクレームがつき、右作成料金を被告が負担することで解決したという経緯がある。被告は同月一八日に右原画を返却するために原告方を訪れたが、その際、更に箱の作り直しも指示された。

(五)  被告は、同月一七日には消費者センターの方から再度照会を受けたのに対し、同月二四日くらいには仕上がるのではないかとの回答をした。その後、被告は原告から、一旦同月二三日の午前中に持参するようにとの指示を受けた後、さらに、同月二二日には納品するように指示された。

(六)  被告は、同月一九日ころ印刷を完了して製本作業に入ったが、未完成のまま、右の指示どおり同月二二日に本件目的物を被告のもとに持参した。これに対し、原告はその受領を拒絶した。

3(一)  請負契約において、仕事の目的物に瑕疵がある場合、注文者は相当の期限を定めて瑕疵の修補を請求することができる(民法六三四条一項)が、右期限内に瑕疵の修補が行われない場合であっても、それによって、直ちに解除権が発生するとするのは、請負人の担保責任が無過失責任とされていることとの均衡からいって適当でないというべきである。したがって、仕事の目的物に瑕疵があることを根拠に注文者が契約を解除しうるのは、その瑕疵があるために契約を行った目的を達しえない場合(民法六三五条)に限定されるものと解すべきである。

(二)  そこで検討するのに、まず、当初引き渡された本件目的物に瑕疵があったことは被告も概ね自認するところであり、その後原告の修補請求に応じていることからしても、この点は明らかというべきである。

しかしながら、前記認定のような本件目的物の瑕疵は、書籍の印刷製本の過程で何らかの不手際があれば通常生じうるであろう不具合に過ぎす、必ずしも重大なものではなく、原告が主張するその他の瑕疵についても、仮にそれらがあったとしても、全く新刊本としての体裁を整えていないものとまではいいがたいところである。また、右のような瑕疵は、修補がおよそ不可能であるとはいえず、しかも、被告の制作過程において、書籍の印刷製本を行うについて致命的な欠陥ないし不都合があり、被告による修補がおよそ期待しえないような状況にあるものともいえない。

また、修補が結果として未完成に終わっているのも、途中で原告からイラストや箱の差替えという指図がなされたことに原因の一端があることは明らかであって、被告が修補を拒否したものでもなく、故意ないしは重大な過失によって修補を遅らせたものともいいがたい。しかも、修補の過程において、被告は、結果はともかく、原告の要求や指図を忠実に実行しており、必ずしも不誠実な対応に終始したともいえない。したがって、相当の期間を猶予されれば、被告において瑕疵の修補を十分に行いうる可能性があったことは否定できないものと考えられる。

なお、本件目的物は原告の古稀記念として発行されるものであり、原告は自身の誕生日までに発行したいとの強い希望を有していたものであるが、右期日までに発行がなされなかったとしても、記念としての意義が全くなくなるわけではない(原告自身、右誕生日に間に合わないことを前提にして被告に瑕疵の修補を指示しているところである。)。

以上の点からすると、本件目的物に瑕疵が存するために本件請負契約の目的が達せられないとまではいいがたく、原告は本件請負契約を解除できないものというほかない(原告としては、更に相当の期限を定めて修補を請求するか、修補に代え、または修補とともに損害賠償を請求すべきである。)。

三よって、その余の点について判断するまでもなく、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官喜多村勝德)

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